経験は圧縮されない。 絶望しないためにやれること
これからのテーマは、我々はどう生きるか。肩こり、腰痛対策から、掃除道具、離婚からテイスティなボイシングまで…
おじさんの興味の90%はこれでカバーしているパッド系生活ブログ。今どきブログ…
ネット界のシーラカンスと言えましょう…
と、阿呆なことはともかく、ツールは自分で作ろうということと、自分のAIとの付き合い方について考えていこうと思います。絶望しないためにやれること、ありますよ。
https://murinaikurashi.com/how-shall-we-live/
自分の道具は自分で作ろう
NIの予備破産もあったわけですけれど、自分の道具は自分で作らないといけないと思いを強くしました。
私はパッド先生にクラスチェンジしたわけですけれど、DAWが止まるとどうしようもないですからね…
DAWはなくなりはしない。
ですけれど、確実に今までのDAWとは違う形になる。
音楽をちょっとやってみようという層が、今の習得コストも高く、コストそのものが高いDAWを使うかといったらそんな事はないでしょう。それはあまりにも楽観がすぎる。
ブログもWordpressが壊れて大変な事になったように、自前でなんとか出来るシステムを持つ必要がある。
こういうことは何度も起こってきました。去年のFinaleもどえらいことでした…
Finaleが動く環境のPCを用意してあるから、10年くらいはなんとかなりそうではありますけどね。
大昔になるとvisionというシーケンスソフトもそうだった。
道具をいろいろ変えざるをえなかった。
幸いなことに技術の進歩にあわせて他のDAWに乗り換えていくことで結果的に大抵のものを使えるようにはなった。
でも、こういう事が続くとしんどいなと。音楽をやっていることから遠くなってしまう。
高機能化したDAW、本当に必要?
年々強く感じるようになって来ています。
作ると言う観点ならDAWは必要なんですけど、私の職業はパッド先生なわけですよね…
完成品で整ったものがほしいならAIを使えばいい。
そして、細部でコントロールしたいなら従来のDAWを使えばいい。自分の場合は、DAWが不要になることはないでしょう。
でも完成品を作るためのアプリは誰かが作るでしょう。
私は時間によって圧縮されないものを作ったほうが面白いなと思っている。
つまりその人の中に残るものですね。経験。学びです。
完成までの時間を圧縮するのではなくて、その人ができる時間を圧縮するのは私が生涯かけてやってきたことです。
習得コストを下げる。作るのではなく、作る能力を作る。経験は圧縮されないというのが私の今のところの考えです。
楽しむために学ぶ
完成することに価値はなくなっていく。これは徐々に明らかになりつつある。
完成させることが早くなり、簡単になればなるほど価値はなくなる。限界効用逓減です。
前回も考えたように、価値の源泉は希少性にあるわけですから。不完全さが価値に変わる。
では、価値がどこに移動するかと言うと、やっぱり、古典的な労働価値説のような形になると思うんですよね。
プロンプトで秒で出来るものと、20年くらい掛けて出来たものだと、行動経済学を紐解くまでもなく、後者にわれわれは愛着を抱くわけです。
過程そのものに価値や意味が移行する。あらゆるものがブラックボックスになっていく。
ただ、そのことは決して悪いことではないと私は思っています。コモディティ化は民主化とも言える。
でも、そこに面白さを感じるかというと疑問は拭えない。
面白さを感じるところはゼロではないけれど、たぶん、あんまり面白くないでしょうね。
面白さを感じる事が出来るその条件はなにか。知識です。おかしいですよね。知識の価値が希薄化されるのに、我々人間は学ぶことでしか楽しみは得られない。そう出来ている。
なぜ、こういうものが出来るのか、こうしたらこう出来るのではないか。知識があるから考えられる。
知識があれば、見え方は変わる。
そういうことですね。完成品という外部ではなく、自分というOSを時間を掛けて書き換えていく。そういうイメージでしょうか。
単純に知識があると面白いことは増えますしね。
Sunoでつくったホーンやストリングス、酸鼻極まるなと個人的には思うところがある。だから多くの人はそれを打ち込み直したりしてると思います。
アタックがシンセの音になっていたり、倍音構成がありえないようになっていたり。プレイヤーから見たら気持ち悪いことこの上ないですからね。
でも、知識がないと、それはらしく聞こえる。
これって面白いことだなと。われわれが「こうである」というものを近似値として出力している。
そこには明確な論理が見える。知識があるということは、解像度が上がるということです。となると面白くなりません?
え、なんで、ここはこういうコードで終わるの?
何を考えてこういうアドリブをやったの?
このコンセプトを自分が適用したらどうなる?無限に問いを立て続けることが出来る。知識は常に我々人間の杖です。
B.B Kingは言った。学ぶことの素晴らしいことは、奪われないことだと。この言葉は今こそ我々の希望なんじゃないかなと酔った頭でぼんやりと考えています。
今までスキルだったものがスキルとして通用しなくなる。
でもこういうことは今までもありました。
永遠に代替されないものなんで、人間でないととれない責任、欲求に根ざしたものでしょう。
でも、別にそんなのどうでもいいかなと。どうでも良くはないか…
そんなことより、楽しむこと。可能性を固定しない、絶望しない方法を私は考えたい。
作るためではなく、演奏し、学ぶためのWebアプリ
で、自らの無聊を慰めるために弾き、歌う。こういったことはずっと人類の営為としてなくなったことはない。
自らの肉体を使って表現したい。そういったことはなくなるわけもない。自らを省みると、一人でも音楽をやめるなんてことはないですからね。
ですから、64Pad Explorerを作っているわけです。
手間暇かけて出来るようになるのは楽しいことですよ。
そしてね、AIが使えることで、今までだったら一生かけても学べなかったことを学べるように出来る。コストを圧縮できます。
パッドは構造が「見える」楽器です。
設定なども保存出来るようにバージョンアップしました。コードなども学習のために、一般的なテンションなどがハイライトされるようになっている。
譜面が読めないと、今まではなかなか理屈を学ぶのは難しかった。ですが、AIやパッドを使えば可能になる。
https://murinaikurashi.com/apps/64-pad
64Pad Explorerは、完成品を作るためのものではない。学ぶためのものです。自分の内側の圧縮されないもの。つまり経験や学びを作るもの。こういうものを作っていく。
今までだったら、成人してから始めた楽器でインプロからハーモニーの理解まで出来るようになるというのはほぼ不可能だった。でも、パッドやAIを使えば出来る。私はそう考えます。
習得コストと戦う
ずっとこのブログでは、音楽を生活の一部にする事を考えてきました。
そうした時に、DAWの習得コストはあまりにも重い…
HPSでは、当初、Abletonの話題を取り扱うつもりではなかったんです。
ただ、演奏できるために、その環境を作るためにだけも大変な時間がかかることがわかった。やらざるを得ない。そりゃ、社会人が音楽を続けるのは難しすぎます。新しい機能は嬉しい。確かにそうです。
でも簡単に使えて、安定していること以上に価値ってあるんでしょうか。DAWの使い方を学びたいの?音楽を学びたいの?自問せざる得ませんでした。
本当にね。
https://note.com/urinami/n/nb63ca6ed0d76
https://note.com/urinami/n/nbd2e92ef99d3
https://note.com/urinami/n/n0a0d4d218a40
https://note.com/urinami/n/n329bd95677af
https://note.com/urinami/n/n697d3f0dfeb5
https://note.com/urinami/n/n7b2c4e485fda
自分で演奏して、理解する。
そのためだけに、これだけのコストが掛かるのは、持続することは難しい。
子供が体調を崩したら?
パートナーの調子が悪くなったら?
どうしても厳しいけどやらなければいけない納期が迫っていたら?
介護があったら?
妊娠していたら?
病気だったら?
社会人なら一日30分が自分の時間を作るのが限界であっても不思議ではない。だから考え続けてきた。
https://note.com/urinami/n/n35ffc273acc2
https://note.com/urinami/n/n001c6b343808
しかも、OSのバージョンアップ、プラグインのバージョンなど、音楽以外のことを学ばないと使うことは難しい。その時点で無理がある。
情報は書き続けますよ。そう思って1200記事位書いてきたわけですから。Abletonが楽しいことはわかってる。
でも、私はパッド先生。そう考えた時に、これは看過出来ないですね…
全部Webアプリで作る ボロ儲けは諦める
本当は、もっと音楽だけのコンテンツを作っていたい。
でも、これ、誰かやるかなと言ったらやりませんよねえ…
現時点で、パッドで学ぶことを体系化して、習得コストを考えていて、日本をパッド大国にしようと言う野望を持っている人がいるか。まあ、おらんわな…
だから、自分が使えるものはフル機能使えるものにして、機能でお金はとらんぞと。
まあ、パッドでモテまくりたいと思ったら、HPSでテイスティなコードワークをマスターしたり、実践的なお洒落ボイシングやフレーズををマスターしたくなるはず。
完璧すぎる。来年の納税が心配すぎます…
で、Webアプリにすれば、パッド買ってくるだけで出来るじゃないですか。
そしてね。noteでも頑張ってHPSをやってきたんですけど限界はあるんです。
でも、自前サーバーで、Webアプリにしたら?
ダウンロードもせずに、スケールがそのまま見えたり、手形が見えたり、その場で演奏したものを提出できたりしたら、習得コスト減らせますよね。そして、私から毎日フィードバックがあったら、進歩を感じられて楽しくないですか?
え、おじさんのコメントがあっても嬉しくない…
しょうがないなあ。美少女アバターうりなみんなどに転生することも厭わないですよ。フフフ…
パッドが繋いでありさえすれば、一日で使える時間が15分しかなくても音楽が出来る。これなら私もモチベーションを持てる。
ハードコア派の皆さんにも音楽を生活の一部に出来るかも。
われわれハードコア派はDiscordで毎日練習動画だったり、パッドの話をしています。くっそ楽しいですよ。パッド沼にいらっしゃい…
私は、教えることを長い事生業としてきました。確かに単なる知識の伝授の価値は減っていく。
でも楽しくやっている。モチベートすることの価値は上がる。
そしてこれは私が出来ることです。手もダメ、足もダメ。なんなら最近は頭頂部も心配になりつつある…
でも、楽しんで、愛することは伝えることが出来る。私から音楽を奪うことは出来ない。自分自身でさえね。
ということで、けもの道をひた走ろうと思います。これが私の生きる道。珍獣すぎる…
あ、ブログが手紙であるというのはずっと言ってきたわけですけど、それならメルマガにするべきやなと思いました…
よろしければ。HPSの連絡とか、あとオンラインのパッドのセミナーとかね。時間が急にできたときなんかは、XやDiscordでは連絡しているんですけど、noteの掲示板が機能してないので。メールなら届くだろうなと。
メールいただければというのもあります。メールで記事も書きますしね。
2026年、AGIが現実になりつつある時に、メルマガはじめました!というのはファンキーでいいでしょう…



